In the shower room



 練習後にコーチ陣と打ち合わせをしていたためか、訪れたシャワールームを利用している者は誰もいなかった。
 時間的にもおそらく自分が最後の使用者なのだろうが、まだ自主練で残っている若手がいるかもしれない。もしそうであれば、こんなところで気を遣わせるのも悪いだろう。トレーニングウェアを脱ぎながら、ふとそんな風に考えた城西は準備を済ませると、敢えて一番奥のブースを選んで中に入った。
 シャワーのコックを捻り温かい湯を浴びると、思わずほっと息が吐いて出る。近頃はチームや代表のことについ悩み込んでしまい、どうにも気を張りがちになってしまっている。そのまましばらく湯を浴び続け、血行の巡った肩や腕を揉みほぐしていると、良い具合に力が抜けていくのを感じた。
 結局、後からやって来る者がいる様子も無い。もう少しのんびりしていても大丈夫だろう。一旦シャワーを止めた城西は、備え付けのボディーソープへ手を伸ばし──ボトルに触れる直前、その手を止めて背後を振り返った。
「────っ!?」
 いくらシャワーを流していたとはいえ、気配も、物音も、全く感じなかった。いつの間にここへ入って来て、背後まで近寄られたのか見当もつかない。
「持田っ……驚かすなよ……!」
 やや血の気の引いた顔でそう言う城西を、持田は開かれたブースの簡易扉に肘を掛けてもたれかかりながら、真顔でジッと見つめている。
 何か、様子がおかしい。普段の持田なら「今の顔、超ウケるー!」などと言ってきそうなところなのに、無言どころか、笑ってすらいない。いつも以上に何を考えているのかわからず、何やら嫌な予感がして城西は不安げに眉根を寄せた。
「……まだ残ってたんだな」
 何が引き金になるかわからない。ぽたぽたと雫の落ちる髪を掻き上げ、城西はとりあえず無難そうな会話を選んで投げかけた。
「んー、ちょっとね」
 そう言いながら簡易扉から肘を下ろした持田が、ブース内へと足を踏み入れる。元々シャワーを使いに来たのであろう、当然その姿は全裸だ。先のはぐらかすような返事につい、その右足首へ視線が下りる。テーピングなどはしていないが、おそらくフィジカルコーチかドクターの所にいたのだろう。
「シロさん」
 呼ばれると同時に肩を強く押され、持田の右足から引き剥がされるように城西は顔を上げた。踵がその反動で後ずさり、濡れたタイル張りの壁に背中が貼りつく。前髪から滴る水滴の向こう側で、持田が口角を釣り上げて笑った。
「ヤろうよ」
「なっ……!」
 持田の言葉に驚愕した城西は、反射的にその下腹部へと視線を落とした。そこにあった持田の自身は既に緩く兆しを見せており、冗談で言っているのではないと理解した城西は、信じられないような表情で持田へ向き直った。
「馬鹿なこと言うな。こんな所で……無理だ……!」
「こんな所だから良いんだよ。面白そうじゃん、スリルあって」
「……ホテルでも家でも、どっちでも行ってやるから──」
「俺、この後予定あるからそれはダメ」
 ひたり、と持田の両手がタイルの壁を突く。狭いブース内で追い詰められ逃げ場を失い、城西は息を飲んだ。顔面どころか全身から血が引いていき、温まった筈の身体が即座に冷え切ったような錯覚に陥る。
「誰かに、見つかったら……」
「じゃあ、さっさと終わらせないと」
 そう言った持田は身を寄せて、城西との距離をぐっと詰めた。乾いた肌が胸と下半身に触れ、その鼓動と熱から持田の興奮が直に伝わってくる。
「んっ……」
 思わず鼻にかかった声が漏れ、城西は慌てて手のひらで自分の口を塞いだ。その様子に、いつもより控えめながらも可笑しそうに笑う持田の声が響く。
「ははっ! ねえ、シロさんさあ──」
「っ──!」
 先よりも硬度を増した自身を押し付けられ、ビクリと肩を跳ねらせる。しかしそれよりも城西は、自分の意に反して高まった下腹部の熱に驚愕の色を見せた。
「誰かに俺とセックスしてるとこ見られるの、想像しちゃった?」
「違っ……!」
「まあ、どっちでもいいよ。やる気になってくれたんなら別に」
「持田!」
「あのさあ、いい加減学習してよ」
 呆れるようなその声に、城西はぐっと言葉を詰まらせた。こちらをジッと見つめる持田の両眼が「逃げる気なんて無いんでしょ?」と語りかけてくる。それを否定することが出来ず、観念した城西は目を伏せて俯いた。
「折角なんだからさ。楽しもうよ、シロさん」
 そう言って伸ばされた持田の手が、シャワーのコックを捻った。



「壁、手ぇ突いて」
 達したばかりで力の抜けた身体をのろのろと動かし、城西は持田の指示通りタイルの壁に両手を突いた。そしてその腰をこちらへぐっと突き出し、立ちバックの体勢を取る。
 その様を見た持田は満足そうに口角を歪め、城西の腰骨へ手を掛けた。昔はいちいち言ってやらなきゃ何も出来なかったのに、随分と覚えが良くなったのはさすが優等生といったところか。
 窄まりに先端を擦りつけるように滑らせ、すっかり昂ぶった自身を数度扱く。ふと視線を感じてそちらを向くと、不安と期待が入り混じった表情を浮かべた城西と目が合った。手淫で無理矢理イかせたばかりのその顔は、流しっぱなしにしているシャワーの熱と相まって、とろりと紅く染まっている。
 煽られた持田は笑い出しそうになる唇を抑えるように舌で舐めると、城西の後孔に昂ぶりの先端を挿し入れた。
「──あっ、ぁ!」
 挿入った瞬間、ビクンッと城西の背が大きく跳ねた。まだ両脚に力が入りきらないようで、わずかに膝が震えている。
 思いつきで始まったセックスのため、当然ローション代わりになるような物など無い。だが、もう何年も持田に身体を暴かれている城西であれば、唾液と白濁で少しほぐした程度でもどうにかなるだろう。その見込み通り、城西の後孔はゆっくりながらも持田を受け入れている。
「──っ、ふ…ぅ、あっ、あっ…」
 流れる水音に紛れて、城西の上擦った声が鼓膜に響く。短く途切れがちなそれは、きっと本人も意識して抑えているのだろう。まだこの程度ならばシャワーにかき消される範囲だ。
「──あ、あっ……ん、う……っ」
 声、必死に我慢してんだろうな。
 すっかり下を向いてしまい表情は窺えないが、社会的な死に怯えながら羞恥に耐えているのであろう城西の顔を想像して、持田は乾いた笑いを漏らした。ここで一気に突き入れてやったら、どんな声を上げてくれるのだろうか。そんな衝動に駆られた次の瞬間にはもう、腰を深く押し沈めていた。
「──ひっ! あっ、あ、ああっ──!」
 予想の通り先よりも高い声を上げながら、城西が身体を跳ねらせる。縋るようにタイルの壁を滑っていく手指が滑稽で、笑いを押しとどめられない。
「あははっ! ダメだよシロさん。そんな大きい声出したら……」
 聞こえちゃうよ?
 腰を折って近づけた耳元へそう低く囁いてみせると、城西はハッと短く息を吸い込み、片手で口を押さえ込んだ。そんな足掻く姿が憐れに見えて、持田はさらに追い打ちをかける。
「ほら、ちょっとキツかったけど全部入ったよ。ちゃんと俺の形覚えてて偉いね、シロさん」
「っ……ふ、うっ……!」
 根元まで収まった昂ぶりをグリ、と押し付けてやると、覆った手のひらから堪らず吐息が零れ出る。奥の一点をわざと避けながらそれを数度繰り返すと、ゆらゆらと城西の腰が揺れ始め、持田はにんまりと唇の端を持ち上げた。もう少しだ。もう少しで落とせる。
「動くね」
「──っ!」
 そう言って腰を引くと、引き抜かれる感触に城西がくぐもった声を上げて反応を見せる。そのまま、まずはゆっくりと抽送を始めていく。
「ん、ぅ……、ふ……っ、う……っ」
 声を気にしているのだろう、息を整えるような呼吸に城西の肩が上下する。そんな余裕があるのも今だけだ、と鼻で笑った持田は徐々にペースを上げ、その腰を激しくを打ちつけた。
「ぁっ…んっ、ん……っ、ん、ぅ……っ」
 中を突き上げられるたび、城西の口から快感に耐える声が漏れ出す。もはや壁に突いた片手だけでは身体を支えきれず、ずるずると崩れ落ちかけた城西の腰を持田はがっしりと掴み、支え直してやった。
「ねえ。これ、もう邪魔でしょ?」
 そう言って口元を覆う手のひらを掴むと、城西は持田に促されるままに大人しくその手を外した。ちらりと覗き込んだ眼は虚ろげで、こうなると城西は自分で思考するのを放棄したも同然であった。
 両手が空いた城西は、のろのろとした動作で肘から先をべったりと壁につけて自分の身体を支え直した。体勢が整ったところで、再び持田は腰を突き上げ始める。
「あ、あっ──!」
 意図して避けられていた奥の一点を突かれ、城西は遮る物の無い口から一際高い嬌声を上げた。
「あっ、あっ、や…っ、あっ、奥……っ!」
「ははっ。奥、突いて貰えて嬉しい?」
「んっ、んっ」
 コクコクと頷く様が馬鹿みたいで、でもそんな姿がかわいくて、持田は城西が悦ぶままに奥を抉ってやった。ザアザアと流れる水音、ぶつかり合う肌が弾ける音、真面目で堅物な男のよがる声。全てが鼓膜から脳を揺さぶって、麻薬物質を垂れ流す。そして、熱い粘膜の壁が絡むように吸いついてくる快感。もう幾度と無く彼の身体を暴いてきたが、どういう訳か未だに飽きることがない。
「──っ、あっ、あ、あぁっ、もち、持田っ……!」
 散々に中を弄んでそろそろ終いにしようかと考え始めた頃、城西が何か訴えるように持田の名を呼んだ。
「んー、どした? シロさん」
「あっ、ん…っ、ぅ……後ろ、や、あっ……」
 首だけでこちらを振り返ったその眼を見て、『あーそうだった』と持田は胸中で独りごちた。
「シロさんは前から犯されるほうが好きなんだもんね」
「ひ…っ、あ、あぁ……あっ、んっ…」
 今日は気分が良いのでお望み通りにしてやろう。持田は腰を止め、中に収まっていたモノをずるりと一気に引き抜いた。出て行く感触と雁首が引っかかる刺激に、城西の蕩けた声が上がる。
「立って、シロさん」
 持田の言葉に城西はゆっくりと上体を上げてこちらへ向き直り、背中を壁に預けた。その左脚の膝裏に手を挿し入れるとすぐに察したらしく、ブースの角で腕と身体を支えながら、おずおずと片脚を上げて応えた。
 露わになった窄まりに先端を当てがう。
「んっ……は、ぁ……」
 下半身を見下ろす眼はすっかり期待と熱に浮かされていた。少し前まであんなに嫌がっていた男が、自分から体位を変えようと動くのだから笑えてくる。
 ──口では何だかんだ言ってもさ、シロさんは俺とセックスするのが好きなんだよ。
「あっあっ、ああっ……!」
 掴んだ膝裏を押し上げて、先端を内部に突き立てる。慣れない立位に城西の身体が不安定に揺れるが、持田は構うことなく腰を動かし、奥を突き上げた。
「ひ、あっあぁっ、や、ぁっあっ、んっ──」
 両腕を首の後ろに回して抱きついてきた城西を、持田は拒まなかった。時間的にもそろそろ急いだ方がいい。壁に城西の背を強く押しつけ、持田は激しく内側を突き動かした。それと同時に片手を伸ばし、屹立した城西の自身をグチュグチュと音を立てて扱き上げる。
「あ、あっぁっ、もち、もちだっ、あ、あっあぁ……!」
「シロさん」
 耳元で名を呼ぶと、縋りつくように持田の肩口へ顔を埋めた城西の身体が震え、くぐもった嬌声と共に持田の手のひらへ精を吐き出した。内臓の壁が収縮する感覚を愉しみながら、持田は内部から自身を引き抜くと、城西の整った腹筋へ白濁を放った。



 だいたいの後始末を終えると、持田は城西を残してさっさとシャワールームを出て行った。どうやら最初に「予定がある」と言っていたのは本当らしい。
 このどこか歪んだ関係を続ける中で、城西はいつも不思議に思うことがある。事に及んだ後、持田が自分を放ってそのまま行ってしまうようなことは、今までほとんど無いのだ。今回も情けないことに腰が抜けてしまった城西の身体を、呆れながら洗い流してくれた。
 よくわからない奴だ。
 乾き始めたタイルの床に座り込んでいた城西は、手にしたタオルで濡れた髪を拭った。ジュニアで知り合ってから長い付き合いになるが、もともと読めるような相手ではなかった。それが身体を繋げて、ますますわからなくなってしまった。
 わからないからこそ、拒絶しきれない。そんな自分も大概だな、と時々自己嫌悪する。
 ぽたり──とシャワーヘッドから水滴が垂れ落ちて、思考の渦に飲み込まれかけていた城西を現実に引き戻した。
 そろそろ着替えなければ風邪をひいてしまう。鈍い腰を引きずってその場に立ち上がると、意外なことにそれ以外の身体は前よりもすっきりと軽く感じられた。
 そのあまりの不本意さに、城西は首を捻らずにはいられなかった。


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